夢を叶えるために 私は夢を【諦めた】

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壁

私はもともと写真家を目指していました。
大学生時代から写真に関係するグループや指導者についていたのですが
卒業後もバイトをしながら続けていました。

周りの大人たちにも友達にも
バイトでいいから続けていくべきだと言われていたこともあります。

そう、あの頃は諦めずに追い続けていれば夢は叶うと思っていました・・・

夢をひたすら追いかけ続けた日々

写真家になるために
休みの日だけではなく、帰り、行く前など
ほぼ毎日大きいカメラと重たい三脚、
リュックには短いレンズから大きいレンズを入れて、
身長158cm、周りからはきゃしゃな体型と言われていた私が
6kg近いものを持ちながら、ひたすら撮りたい一瞬を狙う日々を送っていました。

好きだったし、もう写真家になると決め
就職をしなかったので辛いと感じることはほぼありませんでした。

朝4時出発とか、時には車中泊をすることがあったので
肉体的に大変と感じることはありましたが
撮りたい一瞬が撮れた時は、
その疲労がなかったものになるぐらいの感動だったので
続けられていました。

どれくらいの感動かというと、
宝くじに当たったぐらいの感動です。
多分・・・

当たったことがないので定かではないですが。笑

肉体的な苦痛やメンタル的な苦痛よりも
写真は極めれば極めるほどお金がかかることが
一番苦痛だったように思います。

上級者モデルの1眼レフカメラは30万前後しますし、
もっと上になれば60万越えになって行きます。
ボディだけでこの値段です。

ボディに合うレンズを買わなければならないのですが
これがまた高い・・・
20万前後で、さらにいいものになれば100万越えです。

ボディがいいものになればなるほど
レンズ、三脚、フィルターその他カメラアクセサリーも
必然的に高くなって行きます。

この金額との戦いがもっとも苦痛でした。

それゆえなかなか結果が出ないという負のサークル・・・
当時は「根性だー」とか「今は耐えろー!」とか思っていましたね。

ただ続けていたことでいいこともありました。

やっと成果が出始めた

写真を始めて4年目の時
『ネイチャーズベストフォトグラフィージャパン』という
世界のフォトコンテストで2枚入賞しました。

初めてだったのでとても嬉しかったです。
※今は『ネイチャーズベストフォトグラフィーアジア』に変わっています。

横浜の赤レンガ倉庫で授賞式が行われ
盾と賞金をもらい日本展示会で写真が飾られました。

友達も授賞式に来てくれたりと
この時は続けていて本当に良かったと思いました。

さらにずっと入選したかった
キヤノンのフォトコンテストで入選もできました!

授賞式で出会った方々と話しもでき
いろんな情報交換をしました。

ただそこで思ったのが多くの人が本職を別でやっており、
写真は副業ないし趣味と言った感じでした。

結構普通に会社で働いているんだなと思いました。

そこで若干、写真のみで生きていくことは・・・
難しい・・・ということが頭をよぎりました。

ただその時は入賞できて浮かれていたこともあり
そのことは頭の奥の奥にしまわれました。

理想と現実のギャップ

その後授賞式で出会った繋がりで
あるカメラマンの人と仲良くするようになりました。
その方は写真教室などをしており
写真をお金に変えていく方法を教えてくれていました。

が、しかしそこで私は理想と現実の違いを感じることになりました
その方は授賞式パーティーに付き添いで来ていた方なのですが
特に受賞歴はなくカメラを始めて1年ちょっと・・・
その方が一人数千円の写真教室を開いていたのです。

実績があってこそ人に教えられるものと思っていた私は
かなりのギャップを感じたのと
今思えば嫉妬を抱いていたのだと思います。

何年も写真をやってきて、やっと入賞できた私は
この人よりも圧倒的に稼げていない・・・
私よりも技術的に劣る人が写真で稼いでいるなんて・・・
というような感情を抱くようになりました。

何よりも、『お金じゃない!!』
そう思っていた自分が一番お金に執着してしまっていることにも
違和感を感じていました。

そしてその人から次第に離れていくようになってしまいました。

別の道を選んだことで

その時は理想と現実のギャップにショックだったので
このような感情を抱いてしまいましたが
今、冷静に見れば「実績がないと指導者はできない・・・」という
固定概念
「色々なやり方がある」と言った
柔軟な考えがその当時はなかったと反省しています。

次第に理想と現実の差に耐えられなくなり
26歳でかかった奇病(絵師性リンパ節炎)をきっかけに
写真の道から遠ざかって行きました。

友達の励ましもあり、
今では奇病後に始めた絵をきっかけに
絵の道へ進んでいます。

写真は単純に言ってしまえば
今目の前のものを自分の感性を使って切り取るという芸術ですが

絵はライオンを青にできたりと、
自由に自分の世界を表現できるので
自我が思いっきり発揮できる方が楽しいと感じ
絵の活動を進めています。

SNSで声をかけてくださった方たちと
グループ展を開催したり
色々とイベントに誘ってもらています。

夢を叶えるために夢を捨てること

写真をやっていた時に学んだことは
「理想を追いすぎると現実とのギャップにショックを受けてしまう」
「固定概念にとらわれず、色々な方向から考えてみる」ということです。

夢を諦めず追い続けることは立派ですが、
行きずまり、結果が出ず苦しんでしまうようなら
何か別の方向からやり方を考える必要があります。

時にそれが「諦める」という選択だとしても
またその先に目指せるチャンスがやってくると思います。

私はこう考えています
「諦めるのではなく、一時的に離れる。チャンスが来た時また挑戦するために」
私は写真を諦めたわけではありません。
やっぱり「私の写真が好きだ」と言ってくれる人たちもいますし。
ただ一時的に写真に費やす時間を減らすという感じです。

20代の頃は夢をひたすら諦めず続けていれば
いつか必ず叶うと思っていました・・・

しかし実際は想像以上に大変なことだらけでした。

ただ「思考の変換」
1つの道しかないではなく、
「たくさんの道があり、ダメなら別の道」今はそう思っています。

1番大切なことは『別の道を選ぶ勇気』があるかどうかです。
結果が出ないことには必ず理由があります。

才能がないのではなく、やり方が間違っている、
色々な道があり、その道に行ってみないと結果はわからないということです。

たくさんの道を見つけて、行ってみて
ダメならまた別の道
迷っていると時間だけが過ぎていきます。

たとえ間違った道だとしても
そこで学ぶことはたくさんあり、今後に行かせていけます。

お金は取り返せても、時間は取り返せません。
言葉ではわかっていてもなかなかそれを実感できている方は少ないかと思います。
私は自己コントロール能力が低いと感じた時
Googleスケジュールで1日の行動を管理するようにしてみました。
すると無駄な時間がすごく多い・・・ということに気づき
1日の行動を効率よく進むように計画していきました。

迷っている暇はないと、強く思っています。

別の道を選ぶ勇気がなかった私は
6年・・・同じことを繰り返してしまいました。
他に道はあったのに・・・


どうかあなたは何かに行き詰まった時、
別の道を探し、すぐに飛び込んでいく勇気を持ってください。
変化を恐れていてはいつまでも現状が変わらないです。

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